大判例

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東京高等裁判所 昭和50年(う)512号 判決

被告人 野口昇平

〔抄 録〕

弁護人側は、所論のとおり、原審第一〇回公判期日において昭和四九年二月四日付書面をもって「証拠開示命令を求める申立」をしていることが明らかであるが、これに対し検察官は開示の必要なしとの意見を述べ、原審裁判官は、同期日においては決定を留保し、第一一回公判期日(昭和四九年三月一八日)において弁護人側の右「証拠開示命令を求める申立」につき職権を発動しないとし、その理由として、「(一)告訴状、報告書について、その作成者である早川憲司についてはすでに証人尋問が終了しており、また同人が被告人と光文社労働争議に関し全面的に対立する陣営に属していることからみて罪証隠滅等、開示による弊害はほとんどないと考えられる。また従前からの証拠調の結果からすると、被害者は捜査の当初本件犯行の時間につき起訴状と異なる主張をしていたことが明らかで、右各書面は早川の証言についての刑訴法三二八条書面としての証拠能力が認められる可能性があると考えられる。しかしながら、証拠開示命令の要件としては、その閲覧が被告人の防禦のためにとくに重要であることを必要とするものであるところ、これらの告訴状、報告書は一般に捜査の端緒とされるに過ぎず、その証拠価値は余り高いものではないし、また被害者側の捜査当初における主張と起訴状の記載や早川の証言とが犯行の時間の点において一致していないことはすでに明らかになっているのであるから、開示命令を発する要件とその重要性があるとはいい難い。従って、右各書面については開示命令を発することは現段階においては相当でないと考えられる。(二)松丘富雄の検察官に対する供述調書について、右調書の供述者である同人については、すでに弁護人により証拠申請されており、同人は被告人と同一陣営に属し、被害者と対立する立場に立つものであって、調書の開示を待つまでもなく弁護側において自主的に調査することが可能なものであり、また現段階において開示した場合、罪証隠滅等の弊害が生ずる余地がないとはいえない。以上の点を考慮すると、同人の証人尋問が行われた場合にはその証人尋問の経過により場合によっては、右調書の開示命令を発することが必要となることもあり得ると考えられるが、現段階において開示命令を発することは相当でない」旨を述べ、結局原審弁論終結時に至るまで検察官に対し右各書面の開示命令を発した形跡のないことが明らかである。したがって、所論の当否を判断するには、原審の右措置ないし見解が原審における訴訟の全経過に照らし是認し得るかどうかにかかることとなるわけであるが、原審第二回(昭和四八年三月二二日)において検察側証人として取り調べられた早川憲司は、弁護人の反対尋問に答え、昭和四六年六月中に被告人を告訴したこと、被害を受けた時間につき同人作成の弁護士宛ての報告書には正確に記載されていたが、告訴状の記載がそれと異なっているのは右受傷により当時入院しており安静加療中であったため、組合の者に口述、筆記して貰い、弁護士の検討を経たうえ、自ら署名して提出したが、その過程において「午前一〇時半」とあるべきところを誤って記載(当審検察官の答弁書によれば、「午前一一時三〇分頃」と誤って記載)されたものであるというのであって、右早川証言によって、弁護人が明らかにしようとした告訴状ないし報告書の内容はすでに立証が尽くされていると考えられないではなし(なお、当審でも右各書面の開示命令の申立がなされたが、申立は却下されたものの、検察官の配慮により、いずれも弁護人側の閲覧に供されていることを附言する。)、他方、松丘富雄は、弁護人側証人として原審第一三回公判期日(昭和四九年六月一四日)に取り調べられているが、同人は公訴事実の日時である昭和四六年五月三一日当時被告人の顔は全然覚えていないというのであって、早川証人が証言しているような被告人の早川に対する傷害の事実も目撃しておらず、検察官による取調に対しても、当時記憶どおり述べたが、その内容は個人的な社歴のほか、ピケラインを突破したときの状況をおおざっぱに聞かれただけであるというものであり、何ら検察側の立証に資するものとは認められないので、検察側が証拠申請をしなかったことをもって、違法、不当であるとすることはできない。その他、原審が右各書面を検察側に開示するよう命じなかった理由として説示するところは、当裁判所としてもおおむね肯認することができるので、結局原審が弁護人側の本件「証拠開示命令を求める申立」につき職権を発動しなかったことをもって、所論のような訴訟手続の法令違反であるとする余地は存しない。

(服部 藤井 山木)

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